あけましておめでとうございました。
書きかけてもう1ヶ月経っちゃった。
年毎に思うことは、日本のお正月が消えつつあることです。
賑わしい年末の情景から、新年を迎えた人の少ない町並みの静けさ。
子供たちは少々家のお手伝いをしながら、年末から新年にかけての、いつもの日常とは違うただならぬ雰囲気をひしひしと感じたものでした。
むかしは年始にはどのお店も営業していないので、正月に食べる食料の買い出しが重要でした。現在は正月営業は勿論、コンビニは年がら年中営業しているわけですから、普段の日常と何ら変わりがありません。
更に、大変便利になったレンタルDVD(ビデオ)店や家庭用録画機器の普及やインターネットでの動画アップ。いつでも好きな作品を見れることは幸せでありますが、本放送や再放送を見逃したらもう観ることが出来ない・・・というありがたさも無くなり、家族そろってテレビを見て笑う、当たり前だった日常も永遠に失われました。
最近のお子さんなどはお盆や年末年始など情緒を感じさせる雰囲気を知ることなく、変わらぬ「日常」を繰り返し、いつの間にか歳をとって行くんでしょう。そう考えると寂しいものですね。
さて、ショーガツは甥っ子と遊ぶのが重要な仕事であります。
先日、甥っ子が箱を積み上げたような極めて不細工なロボットで遊んでおりました。
現在放送している戦隊もののロボらしく、可動部分のすり合わせは工業部品として高い精度で製造されており、正方形の立方体から部品を引き出してむりやり動物にする、というアイディアも評価できるものの、肝心のロボット形態が美しくありません。
こんなので育つと美的感覚が養えないと、常々思うワケなのです。
最近は危険動物や恐竜に興味津々な甥っ子ので、何か喜ぶ玩具はないか・・・。と探していましたが、と~ても良いものがありました。
メカ生体ゾイドであります。
恐竜をメインに動物の動きを再現しているので「これだ!」と思いましたが、もう売ってないんですねえ。
そういえばムカシ買ったような…と思い、家を探したところ、こんなのが出て来ましたよ。
書きかけてもう1ヶ月経っちゃった。
年毎に思うことは、日本のお正月が消えつつあることです。
賑わしい年末の情景から、新年を迎えた人の少ない町並みの静けさ。
子供たちは少々家のお手伝いをしながら、年末から新年にかけての、いつもの日常とは違うただならぬ雰囲気をひしひしと感じたものでした。
むかしは年始にはどのお店も営業していないので、正月に食べる食料の買い出しが重要でした。現在は正月営業は勿論、コンビニは年がら年中営業しているわけですから、普段の日常と何ら変わりがありません。
更に、大変便利になったレンタルDVD(ビデオ)店や家庭用録画機器の普及やインターネットでの動画アップ。いつでも好きな作品を見れることは幸せでありますが、本放送や再放送を見逃したらもう観ることが出来ない・・・というありがたさも無くなり、家族そろってテレビを見て笑う、当たり前だった日常も永遠に失われました。
最近のお子さんなどはお盆や年末年始など情緒を感じさせる雰囲気を知ることなく、変わらぬ「日常」を繰り返し、いつの間にか歳をとって行くんでしょう。そう考えると寂しいものですね。
さて、ショーガツは甥っ子と遊ぶのが重要な仕事であります。
先日、甥っ子が箱を積み上げたような極めて不細工なロボットで遊んでおりました。
現在放送している戦隊もののロボらしく、可動部分のすり合わせは工業部品として高い精度で製造されており、正方形の立方体から部品を引き出してむりやり動物にする、というアイディアも評価できるものの、肝心のロボット形態が美しくありません。
こんなので育つと美的感覚が養えないと、常々思うワケなのです。
最近は危険動物や恐竜に興味津々な甥っ子ので、何か喜ぶ玩具はないか・・・。と探していましたが、と~ても良いものがありました。
メカ生体ゾイドであります。
恐竜をメインに動物の動きを再現しているので「これだ!」と思いましたが、もう売ってないんですねえ。
そういえばムカシ買ったような…と思い、家を探したところ、こんなのが出て来ましたよ。
ケーニッヒウルフ(画像はamazonヨリ。いつも買ってるので勘弁)。
多分捨て値で買ったのでしょう。
ゾイドは「旧ゾイド」と「新ゾイド」があります。果たしてこの分類が正しいのかはわかりませんが、玩具会社トミー(現・タカラトミー)が放ったオリジナル路線「ゾイド」はメカメカしいディテールにモチーフとなる動物の動きをモーターやゼンマイで再現した「動く玩具」で、爆発的なヒットとなりました。
一旦ブームは終息しますが、後にテレビマンガが放送され、再びブームを巻き起こした・・・かどうかはわかりませんが、とにかく復活を果たします。(ここから仮に「新ゾイド」ね。)
何でも、「昔は良かった」というのは、思い出がかなり美化されていることが多々ありますが…。
ゾイドはどうかというと、やはり「旧ゾイド」は良かった!と心から思うのです。
ケーニッヒウルフをはじめとする「新ゾイド」の大きな特徴は派手さで、いかにもマンガしか読んでこなかった連中がマンガしか見ないようになった子供(大きな子供を含む)たちに向けて作った作品です。
デザインはコレだし、今回組み立ててみましたが一見してかたちがわかり辛い無駄な装飾部品が多く、あまりに作り難くてビックリしました。組み立て後にも細かくて鋭利な部品はポロポロ落ちるし、オマケに動力ボックスも不良で動かないときたもんだ!!
これに比べて「旧ゾイド」は組み立てやすさや部品のエッジなども考慮された、子供のための、子供にやさしい、実に建設的な玩具だったのでありました。
「旧ゾイド」の中でも絶頂期はアイアンコングやウルトラザウルスのあたりで、後半はタカラ(現・タカラトミー)の「ミクロマン」と同じく、世の中に浸透しすぎたテレビマンガに擦り寄っていくのであります。販売戦略こそが重要と言えど、低いレベルに合わせていくことは正直あまり褒められたものではありません。
素晴らしい製品を世に送り出した初期開発陣も、じくじたる想いで仕事してたのでは…と思います。
現在はまずマンガありき、になってしまいました。玩具も、ドラマも、映画も。
お正月と同じく、玩具も元の路線に戻ることは二度と無いでしょう。
これもまた、寂しいものですね。
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